事例

ローコード開発で生み出された訪問看護の現場力 〜働くスタッフ一人ひとりを大切にする取組み〜

制度上、欠かすことのできない紙文書の取り扱いや 2 ~ 3 年ごとに改定される診療報酬、及び介護報酬への対応などにより、煩雑になりがちな事務作業に頭を悩ませる訪問看護事業者は少なくない。そんな中、関東で訪問看護事業を展開する株式会社祥ファクトリでは、Claris FileMaker を活用して事務作業の効率化に取り組んでいる。今回は、同社の常務取締役 若松 昌哉氏、同社が運営する さかいリハ訪問看護ステーション 船橋・東京・東葛エリア統括責任者 布施 智行氏、東葛エリア医療事務担当 田中 由美子 氏、システム開発担当 大谷 光利 氏に、取り組みの内容や経緯について話を聞いた。

働きやすい環境の構築を目指して Claris FileMaker を導入

株式会社祥ファクトリは、千葉県内に 9 拠点、東京都内に 3 拠点、神奈川県内に 2 拠点の訪問看護ステーションを中心とした訪問看護事業を展開。その他、通所介護事業や指定発達支援事業、指定居宅介護支援事業に加え、企業主導型保育園の運営なども行っている。訪問看護と言えば、一般的には看護師による在宅でのケアが365 日 24 時間、いつでも受けられることが大きな特徴であるが、同社ではそれに加えてリハビリテーションサービスも充実しているのが特徴。訪問看護事業に携わる専門職は約 200 名が在籍し、看護師の他に理学療法士・作業療法士・言語聴覚士といったリハビリテーションを行う専門職スタッフも多数いる。また、同社では全スタッフの 6 割以上が女性であるため、子育てなどスタッフのライフステージに応じた多様な働き方が可能な職場環境の構築にも積極的に取り組んでおり、先述の企業主導型保育園の開設は、まさにその取り組みの一貫でもある。これにとどまらず、残業を減らし効率的に働くことにも同社は積極的に取り組んでいるという。 Claris FileMaker の導入による業務効率化への取り組みも、労働環境改善の一役を担っている。

「当社が訪問看護事業を開始した 2003 年当時は、自宅でのリハビリは一般的ではなかったので、当初は強みの 1 つでした。しかし、時代とともにニーズも変化していますので、現在は 365 日 24 時間、看護サービスを提供する体制を整備しています」と、自社の特徴について語る統括責任者 布施 智行 氏。

訪問看護業務システムの業務メニュー

既成アプリでは実現できない現場ニーズに「カスタム App」という最適解を

同社では、Claris FileMaker で作成したカスタム App を使って、各利用者に対するサービスの進捗情報、担当者会議の議事録、業務日報などを管理。夜間・休日対応のために待機するオンコールや利用者宅へ向かうための車両管理などにも FileMaker を利用している。

現場の負担軽減、データの一元的管理などを目的に「診療報酬明細書(レセプト)のオンライン請求」が進められており、いよいよ 2024 年 5 月から訪問看護レセプトのオンライン請求も開始される。既に多くの訪問看護事業所では、診療報酬明細書(レセプト)を作成するための専用システム(レセコン)が導入されている。このレセコンに付随する形で多くのソフトウェア会社からパッケージ化された介護ソフトが出荷されている。これらの中には、業務管理機能を備えたものもあるが、布施氏は「現場の課題やニーズに応えるには、レセコンの業務管理機能だけでは難しい」という。

「レセコンは、あくまでレセプトの処理を行うためのもの。自治体ごとに異なるルールがあります。当社のように県をまたいで事業を展開していると、必要事項などが異なるので、専用システムだけでは対応が難しい。その点、FileMaker のカスタム App なら必要な機能をカスタム実装できます。そこで、レセコンから CSV ファイル出力した利用者情報を FileMaker に取り込むことで業務の効率化を実現しているのです」(布施氏)

2022 年現在、訪問看護事業では、紙の書類の出力が必要不可欠だが、千葉県内の 2 つの訪問看護ステーションを担当する田中氏は、この作業について、次のように説明する。

「訪問看護サービスを利用するには、主治医からの『訪問看護指示書』*が必要です。指示書の依頼には、各医療機関宛てに書面を郵送しなければならず、多い月で 1 事業所当たり 50 通以上送付することもあります。また、利用者様宛には、毎月請求書・領収書を送付します。そのような文書や送付状の作成と印刷は、FileMaker で利用者の情報の管理と一元的に行えるようになっています。レセコンでも、請求書・領収証の出力はできますが、『銀行口座の残高不足で引き落とせなかった前月分と今月分の 2 か月分を合わせて請求する』といったイレギュラーなケースには対応できません。FileMaker では、(開発担当者に)さまざまな種類のテンプレートを用意してもらったので、金額と日付を入力すればケースに応じた書類が簡単に作成でき、とても助かっています。

 また、各サービスの期限管理も確実にできるようになりました。介護保険や医療保険など、保険の種類によって、提供する看護サービスの有効期限が異なるので、管理業務は煩雑になりがちですが、これもレセコンの利用者情報を FileMaker に取り込むことで適切な期限管理が可能な環境を構築しています」。

(補足)

*訪問看護指示書の有効期限は、主治医による発行後最長で 6か月。医療保険の対象となる訪問看護は、訪問看護指示書で週 3 回まで利用可能だ。利用者が訪問看護を継続希望する場合は、訪問看護ステーションの看護師から、主治医に対して、訪問看護計画書と訪問看護報告書を送付、継続の必要性など伝えて再交付を依頼する。主治医は、患者の診療結果と、訪問看護計画書/訪問看護報告書をもとに、訪問看護の必要性の有無を判断、再交付する形式となっている。

訪問看護業務管理のiPad管理画面。詳細情報が一覧で表示されるので見逃すことがない

左:布施 智行 氏(さかいリハ訪問看護ステーション 船橋・東京・東葛エリア 統括責任者)/ 右:田中 由美子 氏(さかいリハ訪問看護ステーション 東葛エリア 医療事務)

FileMaker WebDirect で機能を拡張し業務を 8 割削減

「以前は、売上や勤怠状況を管理本部に提出する資料を作成するために、月末には長時間残業することが当たり前でしたが、FileMaker に情報を集約したことで、作業自体が不要になりました。患者情報に関連しない事務系アプリ は、FileMaker WebDirect を活用し、どこからでもWeb ブラウザでアクセスできるようになっています。おかげで複数の拠点情報をまとめて把握することが可能になり、業務効率は大幅に向上しています。

作業時間は 1/5 となり、8 割削減された印象です。なお、コロナ禍に各拠点の収支や業務の進捗状況を出社せずに確認できたのも、FileMaker WebDirect のおかげですね」(田中氏)

FileMaker WebDirect 画面

開発工数の少なさが Claris FileMaker 導入の決め手に

同社が、FileMaker を活用して、現在のような環境の構築を始めたのは 2015 年のこと。それ以前は、利用者の情報などを表計算ソフトに入力した後に紙で出力し管理していたという。DX という言葉が一般的ではない当時、デジタル活用に踏み出した理由について、常務取締役の若松 昌哉氏は次のように振り返る。

「紙ベースの業務環境は、保管スペースが必要だったり、場所に縛られるなど、さまざまなデメリットがあります。実際に当社でも、事務的な書類では、各拠点で承認・決済された書類が本部に届くまでに数日のタイムラグがあったり、紙情報をデータ化する際に確認が必要になるという課題がありました。そのような業務における無駄を削減するために、デジタル化を考えたのです。また、災害発生時でも医療やケアサービスの提供を継続するには紙の運用は適していません。BCP 対策のためにも IT への投資は必要でした。

ここで Claris FileMaker が選ばれたのは、ローコード開発と操作性が決め手になったようだ。祥ファクトリ社内だけでなく、さかいりはグループ企業各社のシステム開発と運用も手掛けるシステム開発担当の大谷 光利 氏は、

「カスタム App を開発する際に、手数が少なくて済むことが決め手になりました。現場で求められる機能は、FileMaker の標準機能でほとんど実装できるので、現場の要求にもすぐ応えられます。」

開発と運用を現場に実践する DevOps を担う 大谷氏にとって、カスタマイズの手軽さは必須ということだ。

大谷氏が現場と打ち合わせしながら開発を勧めた 訪問看護業務管理画面

Claris FileMaker 導入により始まった DX で社内のデジタル活用の意識が変革。

カスタム App 開発にあたって、心がけた点について大谷氏は次のように語る。

「業種柄、IT に不慣れなスタッフが多いので、直感的に操作できるように、異なる業務に使うカスタム App でも UI を統一するようにしています。さらにデジタル化によるデータ活用を見据え、将来、管理本部で必要になるだろう情報の構成などを想定した設計にも苦心しました。スタッフの要望に対し、その場でカスタム App の修正を行ってきた結果、カスタマイズにそれほど手間がかからないことが知られ、現場のスタッフから改善や機能追加の声がよく挙がるようになりました」。

現場のニーズに応えることが、業務ツールの導入効果を最大化させるためには必要不可欠であることは言うまでもないが、そのような環境が構築できたのは、コミュニケーションを活性化させる ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を導入したからこそと言えよう。カスタム App 導入の成功体験を組織として認識したことにより、デジタルやデータに対する社内の意識は大きく変ったのは間違いない。今後はデジタルテクノロジーだけでなく、そこから得られるデータを活用していく考えのようだ。

現場からの声を反映した訪問看護業務システムの担当者会議画面

【編集後記】

話を聞いていて印象的だったのが、祥ファクトリ、さかいりはグループの「スタッフ一人ひとりを大切にしながら、事業運営に取り組むという企業としての想いと姿勢」だ。そんな想いを体現する取り組みの 1 つが、Claris FileMaker を活用した業務効率化に他ならない。実際に業務効率化により、働きやすい職場環境を実現しているが、このことが人材採用や離職率の防止などに好影響を与えるのは言うまでもないだろう。看護や介護の現場では、人材不足が深刻化しているが、今回紹介したような取り組みを実践し、人材不足を解消する事業者が増えることを期待したい。