事例

産業ガス配送を通じた ESG への取り組みを iPad と AI で効率化

目次

  1. 産業ガスは社会活動に欠かせないインフラの 1 つ
  2. 産業ガス配送業務でも DX を推進
  3. ピストン配送から複数拠点一括配送への道のり
  4. Paper to iPad(紙から iPad へ)
  5. AI を支えるドライバーとアジャイル開発でアプリが成長
  6. コロナ禍でアプリ開発はリモートに
  7. 事務部門の労務時間削減
  8. 大阪ガスリキッドが取り組む「三方良し」の DX

1. 産業ガスは社会活動に欠かせないインフラの 1 つ

建築・自動車・鋼鉄・窯業・化学・エレクトロニクス・食品・医療など、日本の製造現場に欠かせないのが「産業ガス」だ。これらを関西エリアで日々供給しているのが、大阪ガス株式会社(証券コード : 9532)のグループ企業、大阪ガスリキッド株式会社だ。同社は、液化天然ガス(LNG)の冷熱を利用した産業ガスやドライアイスの製造・販売を中心に、液化窒素(沸点 : -196℃)を利用してプラスチックや食品を微粉末にする低温粉砕などの新規事業も展開している。

大阪ガスリキッドが扱う産業ガスには、主に下記のようなものがある([ ]内は各ガスの沸点) 。これらのガスは我々消費者が目にしたり口にしたりするような身近な製品にも数多く利用されている。

  • 液化酸素 [-183℃] : 溶断作業、ガラス加工、排水処理、医療用
  • 液化窒素 [-196℃] : 金属熱処理、半導体製造、酸化防止、低温粉砕
  • 液化アルゴン [-186℃] : 溶接作業、半導体製造
  • 液化炭酸ガス [-23℃ 2.0MPaG] : 炭酸飲料、ドライアイス

2. 産業ガス配送業務でも DX を推進

大阪ガスリキッドでは、産業ガスの配送管理業務を鴻池運輸株式会社と提携しローリー車(タンクローリー)を配備して管理。関西エリアの顧客を中心に産業ガスを途切れることなく届けている。

運搬するガスは超低温の液体であり、外部からの熱侵入を防止できるように断熱処理が施されたローリー車で配送している。タンクは二重構造で、魔法瓶のような真空構造で外部熱を遮断し、蒸発損失を抑えている。このローリー車には圧力計測器のほか、液面計などが備えられており、計器によってタンク内のガス量を計測できるようになっている。しかし、ローリー車によって計測器が異なっており、ドライバーによる読み間違いのミスの可能性もあることから、納品量の最終決定データとしては利用されてこなかった。

例えばアナログメーターの場合、計測するドライバーの目線の角度によって目測値が変わる可能性がある。本ページ下部に掲載している写真のように、ローリー車後部の高い場所に取り付けられたメーターは、ドライバーからは見上げる位置にある。メーターを正確に目測するには台などに乗り、メーターと水平な位置に自分の目線を合わせる必要がある。

車両によって異なる液面計

さらにアナログメーターの性質上、どの位置に針があっても目盛 1 度につきいくら、といった厳密な測り方はできず、ドライバーによって数値の読み方に個人差が出てしまうのは仕方のない状況であった。これらの点から、産業ガス業界全般において、実際に納品量の確定に利用されていたのは台貫計量(車両重量計測)だった。工場でガスを充填した後に車両重量を計量して出発し、客先で充填。その時に顧客先タンクの計測メーターでドライバーが目測した暫定の納入量を顧客に手書きの紙で知らせる。そして工場に戻ってから車両重量を計量し、その差にて実際の納入量を確定させていた。ローリー車は 1 台あたり 3 〜 4 拠点の客先を訪問して納品するが、納品の度に計量のため工場に戻って来ていたという。

これまでは車両の重量計算によって計測していた(大阪ガスリキッド提供資料)

3. ピストン配送から複数拠点一括配送への道のり

配送の度に工場に戻ってローリー車の重量を計測することの問題点は、大きく 3 つあった。

  1. 配送距離が長く非効率なため発生する CO2 排出量
  2. 配送時間が長いため発生するドライバーの長時間労働
  3. 配送伝票の誤記入や転記ミス、事務処理にかかわる労働時間

問題点 1. については、Daigas グループの「2050 年カーボンニュートラル実現」に向けた取り組みをするなかで、大阪ガスリキッドにおいても、配送による CO2 排出量を削減する課題が掲げられた。これらの課題を解決するためには、顧客ごとへのピストン配送から複数拠点への一括配送に転換する必要がある。つまり、従来の車両重量計測を行わないという選択をすることになる。いったいどう解決するのか?

大阪ガスリキッド株式会社の産業ガス営業部 業務チーム 杉山氏は、産業ガスを通じた ESG※ の取り組みについて社内で議論した際、これらの課題を DX によって取り組むべき挑戦課題として捉えた。しかし、業界内の他の事業者の取り組みも調査したものの、残念ながら直接的な解決方法を見いだせなかった。

※ESG : 環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の 3 つの視点のこと。またそれらに配慮した取り組み。

そこで企画部 システムチーム 杉岡氏に相談。杉岡氏が着目したのは、hakaru.ai byGMO のアナログメーター読み取り機能だった。しかし GMOグローバルサイン・ホールディングス社と打ち合わせするなかで、大阪ガスリキッドが実現したい DX の取り組みは、hakaru.ai が提供する標準機能だけでは実現できないことが判明する。同社は、神戸製鋼グループでの Claris FileMaker とのアプリ連携の実績を生かせると判断し、大阪の Claris Platinum パートナーである 株式会社ジュッポーワークス(JUPPO)に導入支援を請うことにした。

この取り組みは、単にメーカー製の既製パッケージを導入して終わるようなプロジェクトではない。

これまで困難だった、アナログメーターの計測と納品量の確定を現地で実行するためには、大阪ガスリキッドだけではなく、鴻池運輸の協力が必要であった。

システム導入により複数拠点一括配送を実現(大阪ガスリキッド提供資料)

4. Paper to iPad(紙から iPad へ)

ローリー車によって納品された産業ガスの納品書発行は、これまでドライバーによる紙帳票への手書き記入にて作成されていた。配車計画に基づき納品作業を終えたローリー車が帰庫後、運輸会社事務所にて全ローリー車の帳票を回収。そのまとめた 1 日分の帳票を毎日専用便にて大阪ガスリキッドへ送付されるため、配送日の翌日にて初めて、事務処理が開始されることになる。また戻ってきた紙帳票は検算のうえ会計システムへの入力のため、入力間違い、入力の手間、請求確定までの時差などの問題を生み出していた。これは顧客にとっても正確な納品量と翌月の請求金額を知るのに数日かかるという問題もあった。

ここで大阪ガスリキッドの杉山氏、杉岡氏は、運搬を担う鴻池運輸の大宮氏、新門氏と相談し、ドライバーにiPad を使って液面計量メーターの写真を撮影してもらうように依頼した。iPad を使うことでメーターを正面から撮影し、ドライバーの目視による液面計量の視覚誤差をなくすようにした。

とはいえ、前述の通り車両によって異なる液面計問題が残る。これを解決したのが hakaru.aiと Claris FileMaker Go とのアプリ連動だ。鴻池運輸のドライバーの現地作業を省力化するため、hakaru.ai による数値の自動入力を実現した。ドライバーはアプリにログインすると同時に自分がどの車両を運行するのか車両 ID をアプリに認識させる。車両 ID は計測器のマスターと連動しているため、hakaru.ai で AI 判定に指定するメータータイプは自動的に指定される。

過去、納品書は紙に手書きで記入して控えをドライバーが顧客に渡していた

水平位置での目測計測に限界があったが、iPad のカメラで計測画面の保存と読み取りが一括処理できるようになった

5. AI を支えるドライバーとアジャイル開発でアプリが成長

鴻池運輸の新門氏は、「導入当初は、どうすれば hakaru.ai 側でメーター読み取りがうまくいくのかと、ドライバー側で AI が読み取りやすい iPad の写真の撮り方を検討しました。hakaru.ai の認識率はまだ 9 割とは言い難い水準なのでドライバーによる修正入力が必要なときもありますが、アプリ側でもさまざまな工夫を施して使いやすくなってきています。これまで紙で入力していたときと比較すると、ドライバーによる記入ミスがなくなる点や、帰着後の伝票処理作業が減った点を高く評価しています」と語る。

大阪ガスリキッドのシステム担当 杉岡氏は、「アプリのテストを繰り返しながら機能修正と仕様の追加を、数週間という短期間で JUPPO 社に修正いただきました。このプロジェクトは 2021 年 7 月から JUPPO社と開始し、2021 年 9 月には仕様を確定しました。2 か月後の 11 月には鴻池運輸のドライバーを交えてiPad 版のアプリ α 版を完成させ、その 2 か月後の 2022 年 1 月には事務所側のアプリ機能 β 版を完成させて 翌 2 月には本番運用に至りました。本番運用後も、少し手直しも入れながら今のアプリの形に成長しています」

大阪ガスリキッドの配送業務を管理する杉山氏は、「導入にあたっては何度も車両の重量計量と液面計量との差がどれくらい生じるのか評価を繰り返し実施しました。さらにエビデンスとして写真が残ることも確認していただきました。当社が達成したい ESG への取り組みについてご理解をいただいたうえで、iPad アプリによる運用に切り替えました」

6. コロナ禍でアプリ開発はリモートに

開発プロジェクトを担った JUPPO のチーフエンジニアで今回アドバイザーとしてかかわった永井氏は、

「求められていたのは、現場で使ってみて改善を重ねていくアジャイル開発の手法でした。今回の業務において 重視したのは 鴻池運輸のドライバーの方の操作感です。hakaru.ai 標準機能では実現できなかったところを FileMaker アプリ側で実現しています」

実際に FileMaker のアプリ開発を担当した JUPPO の開発エンジニア森高氏は、現在は JUPPO 大分支店に勤務している。今回の開発は、コロナ禍もありリモートで開発した。現地での環境テストや実装は永井氏と連携して実施したが、アプリ開発は森高氏が一人で担当した。今回のプロジェクトを振り返り森高氏は、「大阪ガスリキッド様の案件は単なるアプリ開発作業ではない、クリエイティブな仕事でした。従来のアプリ開発のやり方ではなく、API 連携をはじめ新しい要素がたくさんあり、やりがいも大きかった」と振り返る。

メーターを読み取り確認のうえ、お客様にその場でサインをもらうと、即メールで納品書が送付される

7. 事務部門の労務時間削減

納入時に記入する紙の帳票は 3 枚複写式になっており、納品後に顧客毎にファイリングして請求データを集計するのに相当な時間を要していた。これが FileMaker の導入によって自動化され、これらの事務作業時間が大幅に削減されたという。

さらに杉山氏によると、「お客様のなかには早めに納品情報が欲しいと請求書発行前に Fax で納品書の送付を求められる方もいたため Fax を都度送っていましたが、今は iPad から即時 PDF 付きのメールを送ることができている。また、大阪ガスリキッドだけでなく、お客様側でも紙が減ったはずで、ペーパーレスにつながっていると思います」とのことだ。

複数拠点一括配送を実現したことによるメリット(大阪ガスリキッド提供資料)

8. 大阪ガスリキッドが取り組む「三方良し」の DX

基幹業務システムから出される配送指示データは FileMaker Server を介し、鴻池運輸のドライバーが持つ iPad アプリ FileMaker Go に格納され、配送に必要な情報のみが iPad 側に保存される仕組みになっている。納品時に撮影されたメーターの画像データと hakaru.ai を介して取得したデータは iPad から 即時 Claris FileMaker Server に保存される。

メーターの画像と計量を確認した顧客から電子署名をもらうと、その場で確定納品量が FileMaker アプリ側からメール送信される。配送データはリアルタイムに鴻池運輸と大阪ガスリキッドの事務所でデータを確認でき、集計も瞬時に完了する。

今回のシステム導入では、顧客側でも iPad で検収し即時納品量が確定することで時間の削減やペーパーレスが実現し、連続配送による CO2 排出量削減にも貢献できる。鴻池運輸側でも配送効率化によるドライバーの運転・労務時間の削減、運転以外の事務等の負荷軽減を実現している。まさに地球環境に優しい取り組みを実現した DX の良い一例と言えるのではないだろうか。

左から JUPPO 永井氏、大阪ガスリキッド株式会社 杉岡氏、杉山氏、鴻池運輸株式会社 新門氏、大宮氏

【編集後記】

2024 年 4 月からトラックドライバーの時間外労働の 960 時間上限規制が適用されるということで、運輸業の DX への取り組みを行っている企業は多い。多くの企業が頭を悩ませる出荷・入荷情報の自動入力や情報共有による業務効率化には、IT システムの活用が必須だ。大阪ガスリキッドがローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を活用し、わずか 6 か月で本番運用できたことは、他の運送会社にも参考になる好例とも言えるのではないだろうか?

ローリー車での輸送を行う運転手がプロドライバーとして他の煩雑な作業に手を煩わせることなく安全運転に注力できるように、大阪ガスリキッドは取引先である鴻池運輸にも目を向けて DX に取り組み、安全で安定した産業ガスの供給を行っている。