目次
- IT でビジネスモデルを変化させ、新たな価値を生み出す“攻めの DX”
- 手作業が膨大でブラックだった FileMaker 導入前
- 働いている人を助けたい。その一心でアプリ開発。
- RAD (高速アプリケーション開発) で 社員から続々と称賛の声が
- ご遺族に満足いただけるものを作るために
- 開発を加速するためにパートナーからの支援も受ける
1. IT でビジネスモデルを変化させ、新たな価値を生み出す“攻めの DX”
鹿児島県鹿児島市に拠点を置く株式会社マコセエージェンシーは総合広告代理店。テレビ・ラジオ・新聞・折込・インターネット・雑誌・看板・求人広告までを手掛ける。
同社が一般の広告会社と異なるのは、特にフューネラル関連商品に強みを持っていること。日本全国の葬儀に対応し、会葬礼状やメモリアル映像の制作を手掛けている。日本全国の葬儀のうち、同社が関わるのは年間 16 万件以上にものぼり、1 日平均 250 件以上のコンテンツ制作に携わる。
会葬礼状とは、お別れのセレモニーで返礼品と一緒に参列者に渡すカードだ。挨拶文のみの定型の会葬礼状を見かけたことがある人もいることだろう。これに対して同社が手掛ける「オリジナル会葬礼状」は、旅立つ故人のこれまでの歩み、人柄、残してきたものや、家族の想いを綴ったもので、近年、大切な方を偲ぶ心のよりどころとしてオリジナルの会葬礼状を注文する人が増えている。同社でオリジナル会葬礼状の制作に携わるライターは約60 名。常時 40 名の社員が年中無休で、お礼状制作・映像制作・社葬などの挨拶文のライティングを手掛け、故人との悔いのない別れを手伝う仕事に従事する。
仕事の依頼元は北海道から沖縄まで全国にわたる。仕事場のある鹿児島にいながら、北海道の方に話を伺うということも珍しくない。季節や天候などで挨拶が変わることから、同社の社員が利用する FileMaker の画面は、全国の天気・気温から JR・フェリー・フライト情報などの交通機関の運行状況に至るまで、簡単にアクセスできるようになっている。
「私たちの仕事は、日々同じような仕事でありながらも、故人やご家族、関係者にとっては 1 度きりのものですので、1 件 1 件が唯一無二の仕事です。間違いは許されませんから、何か問題が起きたときには、全員に即時通達しなければなりません。情報の共有は、私たちの仕事の根幹です」
そう語るのは、2020 年から 2 代目の社長を務める 髙橋 昭一 氏。髙橋氏はデザイナーだった先代が立ち上げた広告代理店の業務の一つ、地方新聞のお悔やみ欄を販売するという業務を発展させ、2002 年から同社のフューネラル事業部を率いるようになった。2008 年から ローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を採用しデジタル化を推進した、同社の DX 実現の立役者である。
先代がデザイナーとして活躍していた 2000 年初期は、外食や銀行の広告をメインとした広告事業が業務の 8 割を占め、残りの 2 割がフューネラル事業であった。髙橋氏が率いてきたフューネラル事業は現在、広告事業やメディア事業を上回り、売上の 8 割を超えるまでに成長している。マコセエージェンシーが手掛ける会葬礼状は、同業者と差別化を図りたい葬儀業者からの受注が堅調で、イオンリテールをはじめ大手互助会、農協系などからの受注も多い。同社の最大の強みは、依頼から制作、そして納品までが約 90 分というスピードである。
さらに近年は、デジタル礼状にも対応している。コロナ禍において葬儀に参列できない人向けに需要が高まったことを機に、LINE などの SNS を通して故人を偲ぶ映像が見られるサービスの提供も始めた。
2. 手作業が膨大でブラックだった FileMaker 導入前
「FileMaker を導入する前は、ホワイトボードと紙を使いながらの、社員の経験に頼るオペレーションでした。オリジナル会葬礼状のサービスは、製造機械を導入したからといって倍速生産できるというようなものではありません。ましてや、鹿児島は都会のようにライターが多くいるわけでもなく、ライター募集をしても応募がない状況でした。結果として、1 時間 1 人 1 案件、1 日 8 案件で手一杯。依頼が増えれば昼休みも取れませんし、葬儀は年中無休ですから、休日も取れない。結果としてバーンアウト (燃え尽き症候群) になってしまう。さらに先代の社長は昔の職人気質で、女性社員の産休後のフォローが十分にできていなかった。未来が見えない会社では働けないと次々に人が辞めてしまうという状況でした」
当時は、残業も常態化していた。制作部門だけでなく、請求処理などでも多くが手作業での集計をしていたため、中には深夜 2 時まで働く社員もいたという。
そんな時に現れた救世主が、DTP デザイナーとして入社した山下 大輔 氏だ。山下氏は、前職で利用していたという Claris FileMaker を利用してシステムの内製開発をしてはどうかと髙橋氏に提案。それを受けて髙橋氏は、同社のデジタル化プロジェクトの推進を始めた。
「山下さんは、FileMaker での内製開発を通して、誰かの支えになることが自分の使命になっていることにやりがいを感じてくれていました。少しずつ、一歩ずつ、社内のデジタル化を進めてくれました」と髙橋氏。
3. 働いている人を助けたい。その一心でアプリ開発。
「業務フローをなんとかして改善し、がんばって働いている人を助けたい。その一心でした。オリジナル会葬礼状の受注が増えるにつれて、ホワイトボードに貼り付けた受注管理では難しくなりましたので、FileMaker で管理できないかと考えました。まずは、受注データベースの開発から始まり、顧客データ、礼状校正の一次校正・二次校正をリアルタイムで表示する画面を作成しました。結果として、お礼状作成の進捗状況が瞬時に確認できることで、お客様にお待ちいただく時間の短縮になりました」 (山下氏)
その後、同社では FileMaker で作成した以下のような業務用カスタム App をリリースしていった。
- 業務系システム
受注管理、顧客管理、礼状校正管理、礼状デリバリー管理、礼状台紙管理、お悔やみ広告の入稿状況確認
- 人事系システム
タイムカード、出勤状況確認、各種勤怠申請、人事給与
- 社内システム
お礼状 AWARD 投票システム、業務報告メール、ミス掲示板、食品管理、マコセランチ注文、ルーム予約、マコセ図書管理、新入社員紹介、売掛買掛管理、稟議
4. RAD (高速アプリケーション開発) で 社員から続々と称賛の声が
FileMaker の最大の特長は、グラフィック表示で操作画面 (GUI) が見られることだ。画面をユーザに見せ、確認を取りながら反復型開発ができる。そうして開発し、アプリケーションを進化させていくことで、実際に現場で利用するエンドユーザの満足度を高めることができる。内製開発を担当した山下氏は、毎日現場を見ながら働くなかで「こうなったら便利なのに」というものを、カスタム App に反映させてきた。
「社内で校正待ちをするのに、かつては裏紙に自分の名前を書いて校正者に呼んでもらえるのを待っていたのですが、FileMaker でそれができるようになったときに感動しました」(グリーフサポート部 中尾さん)
「現場の仕事とデータベース構築の両方を理解している人材が社内にいるからこそ、システムに修正が必要な場合もフレキシブルに対応でき、操作性の向上につながっている。ユーザ主体でどのようにも変えられるので、可能性は無限大です」(グリーフサポート部 江口さん)
「入力必須でありながら忘れがちな項目が、赤色で表示されるのは注意喚起になり、大変ありがたい。よく使う言い回しも、定型文としてクリック 1 つでコピーされるので時間短縮になっています。また、自動入力機能のおかげで、覚えることが減って、覚えることが多い新入社員の負担が少なくなります」(グリーフサポート部 平山さん)
など、FileMaker の機能をふんだんに盛り込んだカスタム App は社内で高く評価されている。
他社勤務を経験した営業部の社員は、「通常、“この作業はこのソフトだけ” というのが一般的ですが、FileMaker は、出勤状況・見積・在庫管理・掲示板などいろいろな作業ができ、可能性が無限だと感じています」と評価する。
次々と FileMaker でカスタム App をリリースしてきた山下氏は、「Claris FileMaker で開発していて一番の利点だと思うのは、社員の要望にすぐに対応できることです。内容にもよりますが、迅速に要望に応えられるので、現場の負担も軽減できるのが最大の魅力です」と語る。
5. ご遺族に満足していただけるものを作るために
近年は都心部の葬儀場の混雑によって亡くなってから数日後に葬儀という流れが一般化しているが、九州では午前中に亡くなれば当日に通夜、翌日に葬儀が一般的だという。
「当社の最大の競争力は、受注から ヒアリング、制作、校正、校了、納品 までの流れを 90 分を目安に仕上げていることです。そのなかでも、遺族の悲しみの感情に寄り添う (グリーフケア) 資格を取得したスタッフが、お電話だからこそ話していただける想いをヒアリングし、その方の生きた証を一つ一つ丁寧に文章という形にして残していく、という作業はとても重要なものです。社員がご遺族と真摯に向き合い、ご遺族に満足していただける作品を作り上げるためには、働きやすい職場づくりをしなければならないと思っています」と社長である髙橋氏は言う。
実際に社内を見学して驚いたのがトイレ使用中のランプだ。「デスクにいる時にトイレの空き状況を確認できると嬉しい」という社員の要望で設置された使用中ランプは、女性社員に好評だという。ほかにも、化粧室で使うハンドクリームや無料のドリンク提供、マッサージチェア、個人ロッカー、社員食堂、図書館コーナーの設置、会社負担での乳がん検診だけでなく、がん治療を支援する体制まで整える。
6. 開発を加速するためにパートナーからの支援も受ける
これまで一人で FileMaker によるアプリ開発を担ってきた山下氏だったが、複雑な開発には Claris パートナー企業の支援も得るようになり、同社の DX を加速している。
「長年懸案だったフューネラル事業部の請求発行処理では、複雑な受注品目とセット価格など、ご依頼いただく葬儀社ごとにメニュー化されて発注されていました。そのためマスタ管理も複雑で、経理部門では毎日 300 件ほどの手入力作業が発生していました。その負担を軽くするものを当初 FileMaker で自分で開発しようと考えていたのですが、ロジックが複雑になるためサポータス社に依頼をすることにしました」と山下氏。
今後は、葬儀社からの FAX 受注を減らすため、Web から FileMaker に受注データが流れる仕組みを構築し、また今まで作成したオリジナル会葬礼状をデータベース化し Claris FileMaker 2024 のAI 機能を使った新しい作成ヒントツールを開発したいと考えているという。髙橋社長と山下氏は新しいアイデアを求めて模索し、DX をさらに加速して社員を幸せにするための 投資を続けていく。
【編集後記】
多くの企業で ERP (基幹業務システム) の定義を「販売管理、受発注管理、財務会計などの中核となる業務を効率的に行うための管理システム」とし、情報システム部門が 外部ベンダーのパッケージを選定し運用している企業は多い。業務の平準化や業務生産性の向上に役立ち、リアルタイムに情報を把握して経営判断に活用できる一方で、現場の運用を自由に変更できなくなったり、新しいビジネスを展開するときの足かせになることもある。
今回マコセエージェンシーが、企業が成長し、社員が幸せに働くために、髙橋社長と山下氏が選択したのは、FileMaker によるデジタライゼーションであった。社員が働きやすい環境づくりを念頭に置いた同社の取り組みはまさに、DX の概念を提唱した Erik Stolterman 氏の “IT の浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる” を地でいく基幹業務システムの構築であった。真の基幹業務システムの導入を考えるうえで、“社員が幸せに働くために” という優先順位をどこかに置き忘れてきた近年のビジネスの傾向に気づかされた取材であった。
11 月 13 日〜15 日開催 Claris カンファレンスに、株式会社マコセエージェンシー 山下氏、髙橋氏、株式会社サポータス 石塚氏が登壇し、本事例について詳しくご紹介いただきます。
11 月 14 日(木)13 : 30 〜 14 : 15
「DTP デザイナーが作った「チームを支え合うシステム」と UI/UX」