事例

医療 DX で実現、医療メンバーが本来業務に集中できる環境へ

目次

  1. 自院の診療現場にフィットしたシステム開発
  2. 業務効率化・ユーザビリティ改善に向け絶え間ない改修
  3. FileMaker と連携する顔認証システムで受付業務を自動化
  4. メンバー全員が iPhone と Apple Watch

「ほんとうに必要な矯正を、正直に。」を理念に掲げる白石矯正歯科(東京都千代田区神田和泉町)。歯科矯正に不安を感じている多くの人に対して、患者の立場に立った本当に必要な矯正治療をコストパフォーマンスの高い技術によって提供している。矯正治療は自費診療であり、医院の運営コストや材料費、技術費などはそのまま治療費に反映される。同院ではその理念を実践するためにコスト削減に努め、「お預かりした治療費をできるだけ患者様に還元する」という考えを貫いている。理念の実現の一端には IT を駆使した医療 DX 推進による徹底した業務効率化がある。Claris FileMaker を用いて同院の現場にフィットしたシステムを、院長の白石圭氏自ら開発・運用しているのだ。

1. 自院の診療現場にフィットしたシステム開発

白石矯正歯科がFileMaker で管理しているデータは、患者の基本情報や診療・処置記録などの患者管理、治療計画、治療費管理をはじめ各種文書、歯列や口元を撮影した画像データなど多種に及ぶ。さらに行動計画・オフィス管理や給与、技工注文書など医院の運営支援のためにも活用している。これらのカスタム App は約 50 ファイルにものぼり、そのうち約 30 ファイルが日常で使用されている。

診療業務支援の中心となる患者情報システムには、患者の氏名や ID、年齢などの基本情報、治療計画、臨床トピック(所見)、歯列や顔写真の画像などが画面上段に、診療日・処置内容・次回の処置内容・次回来院日などの処置経過が画面の下段に時系列に記載されている。それぞれ情報はファイルごとに管理され、それらのファイルを連携することにより 1 つの画面に表示されるという構成である。特に画像に関しては、矯正による歯列や顔(口元)の変化を参照できるよう数か月に 1 回撮影して取り込んでいるため、膨大なデータ量になる。

診療に使用する患者情報画面。iMac27 インチ Retina 5K ディスプレイで一覧性を高めた。各ファイルで管理する情報が集約表示される

同院は 2007 年の開業時から FileMaker で作成した患者管理システムなどを運用している。そのきっかけは、東京歯科大学矯正学講座卒後研修課程修了後に勤務した田村矯正歯科(東京都江戸川区・田村 元 院長)が FileMaker を本格運用していたことだ。「2002 年に最初の見学に伺ったとき、歯科医療の現場で使われている FileMakerに触れました。田村院長はシステムの進化に注力し続け、紙で管理されていた患者情報を電子化した本格的な患者データベースを構築してきました。現在、当院で運用している基幹アプリケーションは、当院開業にあたって田村院長から譲り受けたものを当院に合うよう改変したシステムです」(白石氏)と経緯を説明する。

歯科業界にも歯科向け電子カルテシステムをはじめ、さまざまな市販アプリケーションが使われている。こうしたソフトウェアに対して白石氏は、現場のニーズとベンダーの意図が一致しておらず、使い勝手が良くない(便利でない)うえにカスタマイズも制限がある、またランニングコストも高額だと指摘する。「FileMaker はローコード開発ツールならではの特長、ユーザが現場にフィットしたアプリケーションを作れ、自由にカスタムできる点を高く評価しています。開発・改修に自ら時間を割く必要はありますが、FileMaker 自身も進化しており、開発に要する時間も短縮されてきています。さらに開発を継続することで進化して便利になっていくという期待もあり、多くのエンドユーザが参加することでユーザビリティに反映されていくと思っています」(白石氏)と評価する。

院長の白石圭氏(右)と歯科技工士・主任の林寛子氏

2. 業務効率化・ユーザビリティ改善に向け絶え間ない改修

業務の効率化やユーザビリティの改善に向け、自ら容易に改修できると FileMaker の優位性を挙げる白石氏。実際、細かなユーザインターフェースの改修は頻繁に行われているという。メンバーからリクエストに応じて改修する場合と、白石氏自らの必要に応じて改修する場合がある。診療カレンダーには白石氏の「宿題カレンダー」がリンクされており、そこにメンバーからリクエストとして変更してほしい内容などが書き込まれる。診療時間後や休日にその“宿題”を片付けるというが、改修が終了しないとカレンダー上で次週に持ち越されるため、リクエストには必ず何らかの対応をしているという。

「私が良かれと思って改修したところがメンバーには不評の場合もあるし、メンバーの変更リクエストに応じたものの、使い勝手が良くなかったこともあり、元に戻したり再改修したりしています。そして、それを繰り返さないとユーザビリティは進化しないと思っています」(白石氏)とし、トライアンドエラーで最良を求めていく作業が必要だと強調した。

作業を大幅に効率化した「父母への手紙」(メール)作成

システムへの機能追加やユーザインターフェースの変更は数多く繰り返されているが、それらのなかで作業を大幅に効率化したものの 1 つに「父母への手紙」という機能がある。保護者の同伴のない小児患者に渡す手紙だ。以前は手紙文を作成・プリントアウトして渡していたが、スマートフォンが主流になった現在は保護者宛にメールで送っている。当初は Mac の文書作成ソフト Pages を使用して手紙文面を作成していたが、その後 FileMaker に移行。FileMakerのメールテンプレート画面で、その日の処置内容や矯正装置の使用時間、次回の処置内容などを各項目欄に入力すると「付記まとめ」として文面が作成される。ボタンをクリックするとメールアドレスや連絡文面などがコピーされた状態でメールソフトが起動し、即座に送信できるようにした。「近年はほとんどの保護者がメールを使用されるので、その機能により作業時間が大幅に短縮されました」(歯科技工士・主任の林寛子氏)と、リクエストに応じて改修された機能によって、業務効率が常に向上しているとメンバーにも好評だ。

3. FileMaker と連携する顔認証システムで受付業務を自動化

FileMaker によるカスタム App 自体の進化のみならず、顔認証システムとの連携により、受付業務を撤廃するというDX も実現した。

一般的な歯科医院の受付は、診察券の受け取りと本人確認(保険診療の場合は保険資格確認)、予約時間の確認、カルテ確認の後、診察室に誘導する。

自費診療のみを行う白石矯正歯科には、元より受付・会計専従の医事メンバーは存在せず、受付カウンターもない。患者が来院すると、対応可能な歯科衛生士や歯科助手などのメンバーが自らの業務の合間に受付対応していた。高度で専門的な業務を行うこれらのメンバーが自分の作業に集中できるようにするため、顔認証システムにより受付業務を自動化するのが狙いだったという。

「1 回数分程度の所要時間ですが、すぐに対応できないこともありましたし、受付対応のたびに臨床業務を中断せざるを得ず業務効率の低下につながっていました」(林氏)と受付業務の課題を指摘。その解決として顔認証システムで本人確認や予約時間・来院時間の確認などを自動化し、無人受付を可能にしたものである。

顔認証システムによる受付の流れは、入口で患者の顔認証が実行されると、患者のレシート(患者氏名、顔認証日、顔認証時刻、来院予約日・予約時間などが記載)が出力され、それをファイルケースに入れて利用するというものだ。従来の受付業務時間は 1 日の業務全体のうち約 20% を占めていたが、顔認証システム導入後は診察券の確認をはじめとした目視による各種確認作業から解放されたという。診察券の受け渡しや管理もなくなり、医院だけでなく患者も診察券管理の煩わしさから解放された。

同院が採用した顔認証システムは、NEC ソリューションイノベータの顔認証パッケージソフトウェア「Bio-IDiom KAOATO」だ。当初は受付ロボットの導入や顔認証アプリの利用も検討したというが、KAOATO 採用に至った理由は、患者情報を管理する FileMaker と連携できるスタンドアローンの顔認証パッケージソフトウェアであることだった。

顔認証による受付の流れ

KAOATO 認証端末は Windows で稼動。来院患者がカメラで顔認証を行うと、事前に登録された顔画像のデータベースとの照合が行われる。データが一致・認証した場合、患者番号を基にバッチファイルが起動し、同じ端末の FileMaker システムを呼び出す。するとスクリプトにより、メインで使用している Mac の FileMaker サーバーの当該患者のファイルが展開し、患者レシート印刷のスクリプトによりラベルプリンターから印刷される、という仕組みである。プリントされたレシートはその日の診察券として使用し、診療が終わると破棄される。

白石氏は、受付業務はベテランメンバーが担当する必要があるとし、「受付業務を省力化するために作業を 1 つずつ分解してどのように自動化するか検討し、医療メンバーが本来の診療業務や人にしかできないところに集中できる環境を作る必要がありました。顔認証受付もその 1 つであり、さらに取り組みを続けていきます」(白石氏)と話す。

4. メンバー全員が iPhone と Apple Watch

白石矯正歯科では治療チェアごとに設置された多数の Mac が並び、FileMaker ですべての情報が管理・運用されている。一方、メンバー同士のコミュニケーションにおいては Apple Watch が活用されており、メンバーは毎朝、出勤すると支給されている Apple Watch を付けて業務に入る。それぞれが指示を出したり業務依頼をする際に iOS のメッセージアプリでテキストメッセージをやり取りする。「口頭での伝達は内容が残らないため、失念したりした場合にミスにつながることもあります。テキストで残しておけば見逃すこともないし、複数の依頼に対して優先順位を考えて行動することも容易になります」(白石氏)と、Apple Watch 利用の目的を説明する。

メンバー全員が Apple Watch でメッセージコミュニケーションを実践

医療現場のデジタル化、DX 化も着々と進んでいる白石矯正歯科だが、今後はさらに進化させていきたいと白石氏。顔認証受付した患者の診療チェアへの誘導や当該患者情報の画面起動、次回予約の自動化などにも取り組んでいくと意気込む。

【編集後記】

「お預かりした治療費をできるだけ患者様に還元する」という経営理念を実践するため、同院は院内の内装やホームページなどもシンプルにし、無駄なコストをかけずにその分リーズナブルな治療費を実現する努力をしている。医療DX の推進もメンバーの高効率で高度な業務を達成する手段と考え、取り組みを続けているものだ。医療現場の IT 化は長年にわたって定着した業務フローに合わせたデジタル化を推進しがちだが、白石院長の既成概念にとらわれない医療DX はどのような業務変革をもたらすのか、今後も期待したい。

*本記事は 2024 年 2 月 29 日に TECH+「企業 IT チャンネル」に掲載された記事を転載しています。