北海道の生乳生産量は、全国 1 位。
北海道の生乳生産量は、全国 1 位。その裏舞台を酪農家とともに毎日支え続けている人たちがいる。
生乳からは飲用牛乳だけでなく、バター・チーズなど乳製品も製造され、日本国内の加工乳製品の 8 割が北海道産である。北海道の酪農家で搾乳された生乳は、搾乳機からタンクに入り、運搬トレーラーの荷台にある冷却タンクに移動されると、港に運ばれて車両から切り離され、冷却タンクのまま船に運ばれる。冷却タンクは茨城県の日立港でトレーラーに連結されて乳業メーカーに運ばれ、殺菌消毒されてパック詰めされスーパーなどの店頭に並ぶ。我々消費者がスーパーなどで毎日牛乳を買えるのは、実は北海道産生乳の輸送を担うホクレン運輸の企業努力なくしては成り立たない。(ホクレン運輸がタンク輸送している道外に輸送する生乳は 100% 飲用牛乳として取引されています)
北海道の生産者を支える物流インフラ
ホクレン運輸が運搬するものは大きく 3 つに分けられる。
第 1 は、上述の通り生乳の運搬をはじめとする乳製品の輸送で、専用のタンクローリーで集貨され、道内外の乳業工場に毎日配送している。そこから、貨物船とフェリーで海を渡り、関東・関西・中京の消費地の乳業メーカーに配送される。
第 2 に、酪農畜産(牛・豚・鶏)生産者へ、バルク車という飼料運搬専用車で、配合飼料の配送を行っている。酪農家に安定した搾乳をお願いするうえで、ホクレン運輸のドライバーが果たす役割は大きい。飼料を貯蔵するサイロに運搬車両から飼料を入れる際に、防疫対策を確実に行い、外部から農場へ伝染病などを持ち込まないよう細心の注意を払い作業を行う。
第 3 は、石油貯蔵施設から全道のホクレン給油所ならびに流通施設へ石油製品の輸送を行う。また、道内農協(JA)の顧客に対し、灯油・軽油等の石油製品の宅配(ホームタンク等への配送)も行う。ここでも、顧客側では冬の暖房が必要な時期でも発注忘れでタンクが空っぽになることがないように、ホクレン運輸側でタンクを充填しているという。
生産者が一生懸命生産した農畜産物を消費者に届けるためには、家畜に与える飼料やトラクターを稼働させる燃料の安定供給も必須だ。まさにホクレン運輸は生産者には欠かせないインフラとなっている。
継続するためにあらゆるリスクを排除する
北海道の自然を相手に物流インフラを継続させるのはたやすいものではない。酪農家が搾乳した生乳を新鮮な状態で消費者のもとへ届けるため、運搬は早朝・深夜に行われる。さらに北海道の冬の凍結した道路は一歩間違えば大事故にも繋がりかねない。トレーラーが事故に遭えば、直接的な積荷への被害だけでなく、今後の配送計画にも影響を与えかねない。このため、車両の管理と同様に大切にしているのが、ドライバーへの配慮である。
厚生労働省労働基準局では、「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」を設けており、トラックドライバーの拘束時間は 1 日 13 時間が基準(上限 16 時間まで)となっており、休憩時間は 4 時間ごとに 30 分以上取得するよう基準が示されている。つまり、ドライバーが連続して運転できるのは最大 4 時間までであり、4 時間走った場合は必ず 30 分以上の休憩時間を設けなければならない。
また、休憩時間の他に休息期間についての基準も設けられており、勤務から解放されて、次の勤務につくまでの時間を休息期間として、休息期間は 1 日で 8 時間以上必要とされている。さらに、拘束時間(労働時間と休憩時間)も管理しなければならない。
これらの厳密な基準を紙で運用するとなると相当な労力となるが、ホクレン運輸の実輸送を担う苫小牧支店ではこれらが全てデジタル化されている。その仕組みを Claris FileMaker で管理して運用しているのは、苫小牧支店 支店長代理 新 昇二氏だ。
同支店では、ドライバーの社員台帳、健康診断、適正診断、教育指導記録、勤怠管理、残業時間管理、有給取得義務の遂行状況などドライバーの労務全てを FileMaker プラットフォーム上でローコード開発し運用している。また、ETC 高速料金などもダウンロードした CSV から取り込んで照合確認しているほか、事業単位でのコスト、運搬取扱量、採算の管理等も実現している。
表計算ソフトと紙からの脱却
新氏がホクレン運輸に入社した 1993 年、会社も設立から浅くコンピュータといえば NEC の PC-98/PC-88 シリーズなどの時代で、会社には Mac が 1 台導入されているのみ。そこで出会ったのが Claris FileMaker であった。新氏によれば、ホクレン運輸では IT 全盛期前から FileMaker を活用してシステム化をしていたが、徐々に外部の開発会社にシステムを委託し、別のプラットフォームで時間と費用をかけて外部システムを構築していったという。新氏も一度は FileMaker から離れていた。しかし、苫小牧支店に赴任すると、社内システムの多くが外部に委託したシステムで運用されている一方で、表計算ソフトや紙も多く使われていたという。全てを一元化するために外部のベンダーに委託した大規模なシステムに変更を加えようと思うと時間も費用がかかる。そこで改めて、使いながら柔軟に変更ができる FileMaker での構築を提案した。
輸送現場の管理業務において、情報伝達ミスは誤納品などの事故に直結するので絶対に許されない。FileMaker の導入で、縦割りだった各輸送品目の情報を一元化し、横断的に情報を把握することで、指示書や点呼記録簿の作成に役立てられるようになった。全ては輸送の安全のためであるが、同時に業務の効率化も図ることができ、配車担当者の働き方改革にも繋がっている。
「当社の業務は輸送品目の特性や荷姿、専用車や車両の大きさ乗務員の運転資格など、情報管理が複雑です。外部にシステムを委託することもできましたが、小回りがきく FileMaker による管理が合っていると考えました。
大きな業務システムでは、少し手を加えるだけでも開発会社に払う費用も時間もかかりますが FileMaker を利用することで、柔軟にシステムを改善でき、かゆいところに手が届きます。特に中小企業にとっては、開発費用を抑えることが重要です。その点でも FileMaker で内製開発し、ローコストで運用できるメリットは大きいです」(新氏)
ホクレン運輸では、例えば、飼料を運搬する車両は AB タイプに分け、A: 牛、B: 豚・鳥に区分して管理している。
「最近では SPF 養豚に取り組まれる畜産家も増えました。SPF は、Specific(特定の)Pathogen(病原体)Free(無い)の略で、豚の健康な発育と同時に食の安全確保と密接に連動しているため、ホクレン運輸では他の農家の敷地に入った車両は立ち入らないように車両管理しています。」
一方で、他の車両は、最大積載量を超えない範囲で効率的に運送し管理されている。配車については、誰がいつどこからどこまで高速道路を使うのか、一般道なのかといった指示を出す必要がある。それとは別に、運搬車両の修理や定期点検もある。配車担当者と修理担当者が異なるため、修理予定の車両に誤って配車指示がでないようシステム側で工夫する機能も追加したという。
「FileMaker も新しいバージョンになり、機能やパフォーマンスが改善されて、実現できることが広がりました。これまで苫小牧でのみ管理していたデータについても、FileMaker Server を使うことで、帯広や東京など他の事業所も含めてデータを一元管理できるようになりました。
現在は、先述のドライバーの勤怠管理だけでなく、車両管理システム、飼料輸送管理システムなどを FileMaker で運用しています。」(新氏)
システムの内製化に関しては、当初は社内からも属人化に対する懸念の声があがったという。しかし、FileMaker Server の運用や一部システムの支援を、北海道を拠点に活動する DBPowers 社に依頼し、属人化しないよう対応している。
LINE連携で運転手の睡眠を妨げない
ホクレン運輸では従来、ドライバーに対して電話で配送指示を行っていたため、深夜・早朝の配送を終えて、昼に睡眠をとっているドライバーに対して、夕方の配送決定通知の電話で睡眠を妨げてしまったこともあるという。
FileMaker では 2017 年以降、外部連携の機能が強化され、REST API、cURL 連携が可能となっている。現在はホクレン運輸でも、LINE Notify と FileMaker cURL 連携で、配送決定をボタンひとつでドライバーに配信できるようにしている。ドライバーへの伝達時間の削減だけでなく、運転手の睡眠を妨げないための仕組みができあがった。
一部、スマートフォンを所持していないドライバーもいるため、現在も 2 割ほどのドライバーは電話による配送指示を行い、柔軟な対応をしている。
さらに現在は、FileMaker WebDirect(ブラウザからアクセスできる)機能を利用して、輸送依頼者からの個別発注もオンラインで受け入れ始めている。FAX で受信すると受信後の手入力などが発生し、配送指示を確定する時間も遅延してしまう。また、締切時間を過ぎてから入ってくる注文もあり全体的な確定に時間を要していたが、オンラインでの受け付けに変更されたことで煩雑な処理が減り、処理時間も大幅に短縮された。将来的には、ドライバーに iPad を持たせ、ドライバーが納品先でタンクを確認し、その場で発注の入力をできるようにしていく計画だ。
大学での学びから入社2年でシステム構築
FileMaker WebDirect を活用したシステム構築を担当したのは、2019 年 4 月に新卒で苫小牧支店 業務課に配属された高橋 勝輝氏。新千歳空港に近い公立千歳科学技術大学在学中、FileMaker を利用した研究活動をする曽我研究室に所属していたこともあり、教授からの勧めで札幌で開催された FileMaker のワークショップに参加。C 言語や JavaScript に比較しても画面の作りやすさやプログラミングのしやすさに魅力を感じ、就職先として FileMaker の知識が活用できるホクレン運輸を選んだ。
一方で、苫小牧支店で FileMaker でアプリの内製化を推進していた 新氏は、「道内の大学で FileMaker を学んでいる人がいるとは知りませんでした。社内では転勤等でいなくなったら困るというインハウス開発の問題点が指摘されていました。なんとか後任を見つけたかったので、FileMaker キャンパスプログラム 採用校の生徒が来てくれるのは本当に嬉しい出会いでした」という。
実際、過去に同じワークショップに参加していただけあり、就職後も二人のコミュニケーションはスムーズだったという。今回新たに導入した飼料配送システムは高橋氏が企画から 1 年、実際の開発期間は 3 か月という短期間で構築し運用しているという。ホクレン運輸の社内システムに外部から接続する際は VPN を経由しての接続になるが、VPN にお客様が入ることは許されない。当初、お客様が使用する部分は Google フォームを使ってデータ連携をしようと試みたが、処理の効率性の問題があり、最終的には Web ブラウザから FileMaker にアクセスできる FileMaker WebDirect を使うことに。DBPowersが管理するデータセンターからデータを暗号化してセキュアに連携する仕組みを構築し 2021 年 11 月から本番運用を開始している。
システム内製化で見えてきたこと
「管理職の視点でみると、FileMaker の導入により業務が可視化されたことを実感できます。
内製化することで、Excel ファイルでそれぞれの人が重複して行っている作業を数多く見つけました。実際に 30% の重複作業があったこともあります。データを一本化し FileMaker 上で管理することで、大幅な業務効率化が図れています。
さらに、社内ではマニュアルも FileMaker 上で管理しています。誰でも社内のネットワークから業務マニュアルにアクセスできますので、属人化された業務プロセスを可視化し検索可能な状態にし、誰かが休んでも確実にオペレーションができるようになりました。
システムの内製化は属人化のリスクがあると言われますが、FileMaker で構築する場合には、スクリプトなどには必ずコメントを入れて後で開発に携わる人にわかりやすいようにし、属人化しないシステム構築を心がけています。また、UI はデザインテーマを活用して統一感を出すようにしています。今後、さらに FileMaker を活用して システムをブラッシュアップしていきたいと思います」