美和ロック株式会社の玉城工場(三重県)では、約 20 年前から Claris FileMaker が利用されている。当初 1 名が開発を担当していたが、将来的な継続開発を見据え、チームでの開発に着手。同社がいかにしてローコード開発プラットフォーム Claris FileMaker を利用して 小さく始めて大きく育てるアプリケーション開発に成功したのか、アプリ開発を主導してきた美和ロック株式会社 製品設計部 次長 中野 昌浩 氏と、開発チームに加わった同製品設計部 松田 冴子 氏、菅 佑介 氏、さらに Claris パートナーとして開発・運用を支える株式会社イエスウィキャン システムコーディネーター部 佐々木 華子 氏に聞いた。
設計部門の担当者が課題解決のため 1 人で利用を開始
鍵、錠前の総合メーカーである美和ロックは、ビルや住宅といった建築用錠前を中心に、ホテルのカードキー、スマートフォンやカードキー、テンキーなどさまざまな方法で鍵を開閉できるスマートロックシステム、さらには郵便受けや机の引き出しの鍵など、多種多様な鍵、錠前を提供している。その中で「開発技術センター」を併設する玉城工場は同社製品の 9 割を生産する主力工場となっている。
1998 年、中野氏は玉城工場の製品設計部に配属された。担当したのはビル向けのオーダー品の設計である。オーダー生産のため、過去に受注した製品と同じものが欲しい、過去の製品とよく似た注文が来て参考にしたいといったケースが少なくなかった。
受注情報は基幹業務システムで管理されていたものの、設計部門で必要な情報が網羅されておらず、設計担当者が自由に操作することもできなかった。欲しい機能を情報システム部門に作ってもらうとなると、予算取りや社内調整も必要で簡単ではない。結局は、設計部門が必要な情報は、記憶を頼りに紙のファイルから探すしか手段がなかったという。
この課題を解決するため、当時社内で利用可能だったデータベースソフトの中から「たまたま FileMaker Pro を選んで使い始めました」という中野氏。
基幹業務システムから手作業でデータを出力して FileMaker Pro に取り込み、設計に必要な情報を少しずつ追加する作業に取り掛かる。最初は、担当者や処理状況の管理から始め、やがて製品の型式、色、大きさなどから過去の受注情報を検索できるよう データベース を充実させていった。
「表計算ソフトを他人と共有するようなイメージで FileMaker Pro の利用を始めました。スクリプトをほとんど書かなくても共有 データベース ができ、複雑な作り込みをせずともデータ検索ができる。しかも、技術知識がなくても簡単に作れて、後から容易にブラッシュアップしていけます。FileMakerを使ってみると、非常に使い勝手が良く、便利だと感じました」(中野 氏)
2012年に発売された FileMaker 12 で 外部SQLデータとの接続が強化されてからは、基幹業務システムのデータベース から直接データをインポートできるようになった。中野氏は、「大量のデータを簡単にインポートできるようになり、表示も見やすくなって、格段に使い勝手が向上しました」と評価している。
利便性が評価され他部門にも活用が拡大
はじめは製品設計部と一部の間接部門だけで利用していた FileMaker だが、その頃から他部門でも利用され始めた。例えば技術部門では、FileMaker で生産管理システムと設計システムを連携。生産管理システムから部品構成を取得し、その図面を表示することが可能になった。これらの情報は以前は別々のシステムで管理されており、これまでこれらのデータを関連付けて一つの画面に表示することはできなかった。これが簡単にできたことで周囲の評価もさらに高まり、もっと FileMaker を活用したいという声が増えていった。その他、設計部門で図面を作成する際に管理番号を付与したり、紙媒体での図面の保管場所管理、業務の日程管理などさまざまな部署で活用され続けている。
大きな変革のためのパートナー探しと後進の育成
中野氏一人から始まった FileMaker の利用は徐々に拡大し、現在では玉城工場全体で利用するまでになり、他部門でFileMakerを使ってのアプリ開発に取り組む人数も少しずつ増えていたものの、中野氏は次第に危機感を抱くようになる。作成したアプリは社内に普及したものの、中心的な役割を担って開発できる人材が不足していくことを危惧した。
「FileMaker は大変使い勝手が良いツールで、ようやく会社の業務で広く使い続けてもらえるようになりました。でも何らかの理由で私がこの会社から離れることになれば FileMaker の開発を継続できなくなるかもしれない。それでは組織として困ると思いました。そこで 開発したアプリの属人化から脱却するために、外部の Claris パートナー企業を見つけ、後進の開発者育成を考えるようになりました」(中野氏)
そこで、中野氏は毎年行われている Claris 社の年次カンファレンスに参加。2019 年の FileMaker カンファレンス (現 Claris Engage Japan) で、複数の Claris パートナーに声を掛けた。
そこで出会ったのが Claris Platinum パートナーの株式会社イエスウィキャンだった。同社を選んだ理由を中野氏は、「若く元気な会社で、営業担当者の印象が良く、体制もしっかりしていると感じました。数少ないClaris Platinum パートナーという信頼感もありました」と語っている。
中野氏からイエスウィキャン社に対して、今後の FileMaker 運用に協力して欲しいということと、チーム開発を実施していきたいという意向を伝えると、イエスウィキャン社側から 2 つの要望が出された。 1 つが最新バージョンである Claris FileMaker 19 にバージョンアップすること。もう 1 つが、チーム開発に当たって開発ルールの徹底ができるように、新メンバーには、Claris社 が提供している FileMaker Master Book オンライン学習の初級編と中級編* を学習しておいて欲しいという要望だった。
(*FileMaker Master Book オンライン学習は、2021年からClaris アカデミーで学習進捗を確認しながら履修できるeLearning コースとしても提供されています)
チーム開発への取り組みと今後
イエスウィキャン社側の要請を受け、新たなチームを作るため中野氏に声をかけられた 6 名のメンバーが、オンライン学習を受講、さらに 2021 年度からはイエスウィキャン社による「開発ルール講座」を受講し、フィールド名やテーブル名などの命名規則や、開発ルールを設定することで、誰が見ても用途や目的がわかるようにするためのトレーニングを受けた。プロフェッショナルな開発会社が取り入れている管理手法を導入し、初期開発時の担当者がいなくても継続的にメンテナンスができる体制を目指している。今回のメンバー選出は製品設計部のみで行ったが、他部門の開発者に対してもルールを共有している。美和ロックにおける取り組みについて佐々木氏は、「講習中にたくさん質問を頂いたり、講習後のフォロー学習に取り組まれたりと、とても熱心に進められていたのが印象的だった」と話す。
アプリを評価する側から創り手へ
現在は、設計プロセスの一元管理システムを構築すべく、松田氏と菅氏が中心になってアプリ開発に取り組んでいる。これまでは試作品の作成や部品手配などプロセスごとに 別のデータベースで管理していたが、他のプロセスデータベース と連携していないため次のプロセスに移る際、紙への出力やデータの再入力といったムダが発生していた。そのムダを解消し、一気通貫でデータ活用ができるよう FileMaker を活用していく。
チームメンバーに選出されたことについて松田氏は、「ユーザとして FileMaker のアプリを業務で使うなかで、もっとアプリを改善したいという気持ちは以前からありました。だから自分が開発技術を学ぶことでアプリを改善していけると思うと嬉しいです」 菅氏も「ユーザとして、今ある仕様とは別の角度からデータを検索できないかという要望はありました。今回、開発技術を学ぶ機会が与えられたので、そういった要望を実現していきたい」とカイゼンへの意欲を語る。
中野氏は、「この取り組みを通じて FileMaker に対する理解を深めて欲しいです。私自身も開発の実績を積み重ねることで、組織に認められ、業務の中での FileMaker の比重が高まっていきました。彼らにも、FileMaker に関する業務の比重を高められるよう、実績を積み重ねて欲しい」と期待をかける。
最後に中野氏は、業務効率化に取り組む上で大切なポイントを次のように語った。
「アプリを社内開発して使うだけでは、それがいかに重要なものであるかが経営陣やユーザである社員には伝わりません。アプリ開発に関わる人材や予算を確保し続けるためには、FileMaker がどれだけ業務効率化に貢献し仕事に欠かせないツールであるかを周囲に理解してもらう必要があります。今のワークフローを維持・発展させ、改善活動を継続していくためには適切な予算の確保と後進の開発者育成にも継続的に取り組むことも重要な視点です」
【編集後記】
Claris FileMaker は誰でも比較的簡単に開発を始められるため、業務部門の現場担当者が改善活動のために利用することが多い。業務改善のためとはいえ、本来業務は別に取り組むため、アプリの社内開発が熱意のある個人に委ねられることも少なくない。その結果、開発が属人化し、担当者の異動や退職により改善への取組みが中断してしまうことも起こり得る。美和ロックは、パートナーの選定と後進の育成という 2 つの取り組みにより、見事にこの課題を解決する道筋をつけた。
【製品情報補足】
FileMaker では開発したアプリの属人化を避け、組織として開発に取り組めるようデータベースデザインレポート機能を提供しています。 この機能では開発したアプリの構造 データベーススキーマ、レイアウト、スクリプトなどの各部分を XML 形式で保存でき、それを Git などのバージョン管理システムに保存し、標準的なツールを使用して各バージョンを比較したり外部のパートナーが作成して解析ソフトに取り込んでエラーの検出や構造理解に役立てることができます。( 参考動画 : データベースデザインレポートを活用した構造解析アプリの紹介と利用方法)
本事例について、詳しくご紹介した Web セミナーの録画をこちらからご覧いただけます。