目次
- 変化する EC サイトの運営に対応できない基幹システム
- 7 つの選定基準を唯一クリアした Claris FileMaker
- 信頼できるパートナーと共に開発
- iPad を活用し倉庫業務をリアルタイムに可視化
- 利益率が 7% 向上。システムの外販もねらう
- システムを通して業界全体の成長を目指す
1. 変化する EC サイトの運営に対応できない基幹システム
1972 年に広島県福山市で創業した株式会社福山楽器センターは、ピアノの販売からスタートし、現在はギターやベースから管楽器、弦楽器、和楽器などの幅広い楽器に加え、音響機器や配信機器まで扱う総合楽器店を運営している。
地方の楽器店として難しい運営を続けながら、同社が活路を見出だしたのが EC での販売だった。2004 年、オークションサイトへの出店からスタートし、EC が社会に浸透するにつれ販売ルートを拡大。現在は自社サイトのほか各種 EC モールでの店舗を合わせて 8 の EC サイトを運営している。
同社が他社に先駆けて始めたサービスに、現在では一般的になっている楽器入門者向けのセット販売がある。例えばバイオリンを始める場合、本体だけでなくケース、弓、松ヤニ、肩当てなどが必要となるが、それらをすべてセットで提供するというサービスだ。すぐに演奏できる状態で届けるため、出荷前に専門の技術者がすべて検品・調整を行っている。
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当初 EC での販売管理は手作業で行っていた。そして EC 経由の販売が増えるにつれ、業務処理の負荷は増えていった。そこで社長の新庄一貴氏から相談を受けたのが、株式会社福山楽器センター EC 支援事業運営責任者 執行役員 峰 修一氏である。峰氏は当時システム会社で開発に従事していた。新庄氏は幼なじみの峰氏がシステムの仕事をしていると聞き、相談を持ちかけたのだ。そこで 2007 年、峰氏は勤務する会社の仕事として基幹システムの構築を行った。
その後、峰氏の勤めるシステム会社の親会社が経営に行き詰まる。そのため福山楽器センターは満足なシステム改修やサポートが受けられなくなった。一方で EC モールの仕様は頻繁に変わるため、継続的な対応が求められる。EC モールの仕様変更以外にも、不具合が生じていた。例えば、前述のセット販売は出荷時にセットを組むが、倉庫が複数あったことからセットを構成する商品の管理業務が煩雑になっていた。出荷ミス発生や在庫の把握も甘くなりがちで、足りない商品を各担当者がそれぞれ発注して重複するというようなケースがあり、原価率高騰の一因となっていた。
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販売店にとって在庫管理は利益に直結する業務だ
峰氏は、「EC での販売が拡大するにしたがって、在庫管理や受注処理、顧客対応といった業務が煩雑化していきました。大企業なら業務が細分化されているので対応できるでしょうが、中小企業はそうはいきません。IT 化が進んでいない部分もあり手作業が多く、全体の業務プロセスが非効率的になっていました」と語る。
このような課題を解決すべく、2019 年に峰氏が福山楽器センターに入社し、システム面の責任者となった。入社して気づいたことは、多くの業務で作業の流れやルールがなかったこと。都度担当者が判断しており、業務の最適化がなされていなかった。まずは最適化を行い、根本的に基幹システムをなんとかしなければ問題が解決しないと考え、解決策の検討を始めた。
株式会社福山楽器センター 代表取締役社長 新庄一貴 氏は、最大の課題の一つが「業務の属人化」であるとし、システムを構築することで、業務全体が一体となって動き始めるのだと説明する。「人の作業を支援するアプリケーションを導入することで、日々の作業が情報収集につながり、その情報をスムーズに共有・活用できるようになります。 これこそがシステムの特長であり、属人化対策として最大の効果を発揮するポイントです」(新庄氏)
2. 7 つの選定基準を唯一クリアした Claris FileMaker
峰氏が最初に行ったのが、30 以上の既存パッケージの情報収集と比較検討だ。しかし、どれもシステム連携が必要で、コストに見合った効果が期待できそうにないと感じた。そこでパッケージ製品の利用からシステムを開発することに方向転換し、開発ツールの選定を始めた。その選定基準が次の 7 つである。
- 自社の業務に合うツールであること
- 市場や業務環境の変化に対応できること
- 開発実績や学習文献、動画が豊富で導入後のスムーズな活用が可能なこと
- 改修や他システムとの連携が容易であること
- マルチプラットフォームに対応していること
- iPad や iPhone などのモバイル端末に対応していること
- ツール開発元に歴史としっかりとした経営基盤があり、長期的なサポートや安定した運用が期待できること
この基準の下、さまざまなツールの情報を収集し、トライアルを行った。最終的に選定したのが、Claris FileMaker である。峰氏は、「FileMaker は、最初 Mac の開発ツールという先入観がありましたが、そうではないということがわかりました。また、豊富なチュートリアル動画を見て、具体的な実装方法を学ぶことができました。この学びを通じて、内製した場合のレベル感も具体的にイメージすることができ、最終的に FileMaker を採用する決断を下しました」と語っている。
3. 信頼できるパートナーと共に開発
次に探したのが、開発パートナーである。峰氏が情報収集の段階で見た複数の動画や講演映像の中で、Claris パートナーであるパットシステムソリューションズ有限会社 代表取締役 中村 孝仁氏の講演が印象に残っていた。「責任の所在を開発側にもユーザ側にも偏らせず、バランスが良くてわかりやすかったのです。中村さんの動画を見て、当初思っていた FileMaker は Mac のツールであるとか、他のデータベースソフトと変わらないとかいう先入観が間違っていたと気づきました。そして開発の心構えを聞きたいと思い、連絡を取りました」(峰氏)。その後何度か Web 会議システムで面談を重ね、その誠意ある対応により信頼感を深めていった。
峰氏は、開発ツール同様パートナーについても選定基準を決めていた。それが以下の 4 つである。
- 豊富な開発経験
- 顧客の業務を理解し、同じ目線で問題解決に取り組む姿勢
- 顧客の考え方や方針に、率直で忖度のない意見や提案をしてくれる
- 継続的なサポートが期待できる
最終的に峰氏は、パットシステムソリューションズが上記の選定基準にかなうと判断し開発を依頼した。
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(左)パットシステムソリューションズ有限会社 深田 尚史氏、(右)中村氏、(中央)福山楽器センター 峰氏
中村氏は、「当社は開発するシステムに対して 49% の責任を持ちますが、お客様には 51% の責任を持っていただくというスタンスで開発を行ってます。それは、いろいろな決断をする上でお客様も責任を持っていただきたいのと、最終的な決裁権はお客様がお持ちだからです」と語る。一緒により良いシステムを作るため、顧客に寄り添った開発を心がけている。福山楽器センターの開発を担当する、パットシステムソリューションズ 深田 尚史氏は、「お客様とベンダーの関係ではありますが、一緒にプロジェクトを進める仲間と考えています。ご要望や気になったことは何でも言ってもらい、できる限り実現する方法を考えます」と語る。峰氏もパットシステムソリューションズについて、「担当エンジニアの深田さんの誠意ある対応により、完成度の高いシステムができました。パットシステムソリューションズさんにお願いして良かったです」と評価している。
そのようにして開発したシステムは、サーバーとしてオンプレミスの Mac とクラウドの Windows で運用している。クライアントは Mac と Windows PC 合わせて 20 台、iPad を 12 台利用している。
4. iPad を活用し倉庫業務をリアルタイムに可視化
開発ツールと開発パートナーを決めた峰氏は、まず理想の業務プロセス図を描いた。その際、中村氏のアドバイスにより「現状分析を細かくしすぎない」ことに注意した。その代わり全体の業務プロセスを一覧できるようにし、データの流れも明確にした。その上で開発するシステムの優先順位や範囲を決定。まず開発に着手したのが、倉庫管理システム 「WMS (Warehouse Management System)」である。WMS は 2022 年に稼働した。
従来、同社では商品の入庫、ピッキング、出庫などの各作業は、伝票を見ながら行っていた。それを WMS と同時に導入した iPad で確認しながら作業ができるようにした。プロセスごとに商品のバーコードをスキャンして処理できるようになり、手間がかからず、またリアルタイムで状況を把握できるようになった。例えば出荷停止や不良品発生時には、不良箇所を iPad で撮影し、そのデータをメーカーへの返品時に活用している。また、入荷検品時の発注差異や不明品の入荷などはビジネスチャットに通知。担当者が確認するという流れが徹底できるようになった。
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バーコードを読み込むピッキングの様子と、iPadのメニュー画面。WMS と iPad の連携で業務効率が大幅にアップ
また、複数ある倉庫の在庫を一元的に確認できるようになったことで、無駄な発注や確認がなくなった。「これまで各担当者がそれぞれ仕入れをするため不良在庫が生まれたり、結果的に原価率の悪化を招くといったことがありましたが、事実に基づいた処理が可能になったことで、そのような問題が解消できました。最適化した業務の流れに合わせてシステムの機能を開発し、業務の状態といった情報を可視化したことで、上長に判断を仰ぐことなく現場で判断できるので、パートさんができる作業の種類も増えています」(峰氏)。
2023 年には新規事業として始めた物流請負業務に対応する「Connect」が稼働。これは、入出荷データを受け付け、WMS に送るための仕組みである。
さらに現在は、受発注管理や在庫管理、業務分析、債権債務管理などを行う基幹システム「Core」を開発しており、まもなく稼働予定である。EC モールからの受注データを取り込み、データに不備があるものをわかりやすく表示。欠品の場合は自動的に発注データを作成する。出荷時には、届け先住所や商品の大きさに合わせた配送会社の選定、届け先の近隣倉庫に在庫があるかどうかなども自動判定できるようになる予定だ。
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LuckPit Core の受注管理画面。注文の進捗が一覧で確認でき、ステータスの遷移も自動で行われる
従来これらの作業はすべて人力で行っており、手間がかかる上ミスの原因にもなっていたが、これで実績の分析を簡単に可視化できるようになり、迅速な経営判断が可能になる。「システムは作業をこなすだけでなく、データを利活用して判断材料にしなければ意味がありません。それが社員の成長にもつながり、Core がその役に立つはずです」(峰氏)。
5. 利益率が 7% 向上。システムの外販もねらう
WMS を利用することで在庫管理の自動化が進み、商品の入出庫作業は大幅に効率化した。従来 2 日かかっていた棚卸しが 1 日でできるようになったうえ、ペーパーレスによるコスト削減も実現している。何より、発注のフローがルールに基づいて可視化されたことにより、無駄な仕入れがなくなり原価率も改善したことが大きい。利益率は昨年同月より 7% 改善した。「以前は社内ルールが整備されておらず、利益に対する考え方もほとんどありませんでした。システムを作ることで課題が明確になり、改善につながりました」(峰氏)。
また、従来は社長が必要とする経営データを、社長自らが毎日延べ約 2 時間程度かけてレポートにまとめていた。Core によって経営データを簡単に確認できるようになり、レポート作成作業がすべてなくなる。
さらに現在、EC モールへの出品管理システム「Nexus」を設計している。同社はこれらのシステム全体の名称を「LuckPit シリーズ」と名付け、他社にも展開する予定だ。
楽器事業は、広い意味で余暇産業の中に分類される業種の一つだ。現在、余暇産業の市場規模は70兆円を超えており、さらに拡大が予想されている一方、楽器業界は縮小傾向にある。同社が自社で構築したシステムの他社への横展開に関して新庄氏は「楽器業界が成長するためには、業界を牽引するメーカーや小売店がシェアの奪い合いを脱却することが必要不可欠です。縮小する市場の中で、業界全体が同じ方向性で取り組める課題として “物流の効率化” が挙げられます。そこで、まずは小売店同士が横のつながりを持ち、同じシステムを利用して物流業務の効率化を図るべきだと考えました」と語る。
また峰氏は、「他の中小企業に見せると使いたいという声も多く、EC 事業を行う中小企業に役立つはずです。さらなる機能拡張を進め、より多くの中小企業の事業成長を支える基盤となることを目指しています」と語った。
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LuckPit のメニュー画面。受発注だけでなく、債務管理まで幅広く対応する
6. システムを通して業界全体の成長を目指す
福山楽器センターがシステムを導入し、大きく改善したのは次の 5 つ。
- 出荷ミスの軽減:出荷担当者の精神的負担が軽減。
- 出荷時間および人員の削減:マルチタスクを求められるスタッフの負荷率を軽減。
- ロケーション管理の改善:ピッキング作業が「宝探し」のようにならず、効率化。
- 適正在庫の取り組み:2 年で全体在庫を半減。売り上げが減少している状況でも最大の資金調達に貢献。在庫の「見える化」により、売れるものは適切に補充し、売れないものは削減可能に。
- ペーパーレスの推進:年間出荷件数分のピッキング票を削減。(A4 コピー用紙 4 万枚以上/年間の削減など)
「現存するシステムを複数検証しましたが、結果的に満足のいくものが見つからなかったため、ゼロからシステムを構築することを決断しました」(新庄氏)という言葉の通り、同社の、ひいては物流・小売業界の課題を解決するシステムになっている。「当社は EC 事業を開始して 20 年になります。 その 20 年で培った経験を活かし、人と情報を活用するシステムを作り上げました。システム導入を通じて業務効率化と属人化の解消を実現し、業界の成長と持続可能性に貢献することを目指しています」と新庄氏は業界全体を活性化する展望を語ってくれた。
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株式会社福山楽器センター 代表取締役社長 新庄一貴 氏
【編集後記】
今や EC は多くの小売店の販売チャネルとして極めて重要な位置を占めている。しかし、主要出店先である EC モールはルールや運用方法をしばしば変更し、出店者はそれに従わざるを得ない状況だ。また、原材料や運賃の価格高騰が続き、発注先を間違えると利益率に大きく影響する。中小企業が自社だけの力でこれらに対応し、効率良く利益を上げていくのはなかなか難しい。福山楽器センター 峰氏は、自身が技術者の時からリソース・資金の少ない中小企業の作業の負担を減らしたいと思っていたという。峰氏が思い描く、中小企業が自分達の利益を確保しながら成長していく未来のために、この「LuckPit シリーズ」は有益な選択肢の一つになると感じた。