事例

28年にわたり診療所運営を支える独自開発の診療業務システムで「患者に優しい医療」を実現

目次

  1. 開業時から一貫した「患者に優しい医療」の提供
  2. 市販システムの永続性に疑念、自院のスタイルに合うシステムを内製化
  3. 受付・診療記録・会計・レセプト請求までの一体化を実現
  4. 院内業務の効率化と患者満足度向上に向けた工夫
  5. AI が個人開発の可能性をさらに広げる

東京都杉並区の西公園前クリニックは 1998年の開業以来、診療記録や会計業務を独自に開発したシステムでクリニック運営を支えてきた。診療記録と診療報酬に基づく会計システムと一体化したもので、市販の電子カルテシステムが発売される以前に自ら構築したものだ。医療現場のデジタル化や医療制度の変化に対応し、システムの拡張と自院に合った機能改修を続けながら、28年にわたり運用し続けている。

西公園前クリニック院長の家城 恵子氏(右)と夫で勤務医の家城 隆次氏

1. 開業時から一貫した「患者に優しい医療」の提供

1998年に開業した西公園前クリニックは約 28年にわたり、循環器内科と一般内科の診療で地域住民の医療・健康を支えてきた。これまでに診てきた患者数は約 9,200人に及び、現在の外来患者数は月間のべ約 1,000人(レセプト件数は 800 ~ 900件)ほど。そのうち高血圧や高脂血症、狭心症などの循環器疾患の患者が 6割を占めている。

開院当初からの診療方針として掲げるのは、「患者に優しい医療」。

「患者さんの話をしっかり聞き、適切な診断・治療方針を示し、納得していただくことを一番に考えてきました」と院長の家城 恵子氏は話す。そのため患者 1人あたりの診察時間は、「すごく長い」と患者から評されることもある。一般的に診療時間は 3 ~ 10分未満が 6割を占めるとされているが、同クリニックでは「10分で終わることはほとんどありません。その分、待ち時間が長くなり申し訳ないのですが・・・」と家城氏は恐縮する。

2. 市販システムの永続性に疑念、自院のスタイルに合うシステムを内製化

西公園前クリニックにとって診療情報の電子化は業務効率化に留まらず、「患者に優しい医療」を実践するため、診療の質を向上させる基盤として独自に構築してきたものである。医師が過去の診療情報や検査結果を素早く参照し、継続的な変化を確認しながら患者に説明する。そのような同クリニックの診療スタイルに合った仕組みが必要、という考えの下、開発されたのが FileMaker による独自の診療業務支援システムだ。

同クリニックが外部ベンダー製のシステムを導入しなかった理由に、開業当時は診療録の電子保存(電子カルテ)が認められていなかったこと、また医療会計システム(レセプトコンピュータ、以下レセコン)は全診療科を対象とした汎用性はあるものの、診療科・自院の診療スタイルに合わせたデータ入力・集計ができるようなカスタマイズができないと考えたことが挙げられる。さらに中小規模のベンダーでは、永続的なシステム保守やデータの互換性維持に不安があったことも理由の一つだと言う。

「患者さんのデータは自院にとって極めて重要な記録であり、診療の継続性と説明責任を支える基盤です。だからこそ、その構造や扱いを外部任せにせず、自分たちで理解し、制御できる状態を保つことが重要だと考えていました」。システム開発を 1人で担当した院長の夫であり病院勤務医(呼吸器内科専門医)である家城 隆次氏はこう説明する。

FileMaker を採用したのは、同ツールに対する信頼性もさることながら、隆次氏が以前から入院患者のデータベースを作成していた経験から、独学でもシステム開発が可能だったためだ。ただ、同ツールには今でこそさまざまなトレーニング教材などがそろっているが、当時は市販の書籍以外にはサポートは得られず、診療報酬改定など制度変更に対応するには多大な労力を費やさざるを得なかったと振り返る。

3. 受付・診療記録・会計・レセプト請求までの一体化を実現

開業時に開発したのは、診療記録(カルテに相当)とレセプト(診療報酬明細書)作成機能で、当初から市販のレセコン一体型電子カルテと同じ機能を有していた。その後、レントゲンなどの医療画像管理システム(PACS)との情報連携、心電図・呼吸機能や超音波診断機器、などとの連携を実現。さらに 2011年4月に毎月のレセプト請求がオンライン化されたため、当初は試行錯誤しながらではあったがオンライン請求機能も追加、そして健康保険のオンライン資格確認の開始により保険資格情報の取り込みなどを追加してきた。これら患者情報、診療記録、レセプトなどのファイルをリレーションシップで連携。現在のシステム規模は、テーブル数 20、レイアウト数 95、スクリプト数 186 に上っている。

診療記録と受付業務管理(患者氏名や健康保険情報など)の電子カルテ基本データは患者 ID で連携し、診療記録と紹介状ファイル、領収書ファイル、レセプトファイルはユニーク ID で連携。また、診療記録と処方薬は医薬品コード、同様に診療記録と診療行為マスターは診療行為コードで連携している。診察時に入力した内容が、そのまま会計や請求処理へとつながる。この一貫性によって二重入力は減り、作業の抜け漏れが防がれ、診療の流れは途切れない。システムが診療所業務を縛るのではない。現場の流れに沿ってシステムが組まれているからこそ、長年にわたり無理なく運用できているとも言える。


患者の診察受付画面

診療記録入力画面

電子レセプトのオンライン請求作成画面

なお、医薬品コードや医科診療行為コードなどは、厚生労働省保険局が運営するサイト「診療報酬情報提供サービス」で提供される厚生労働省標準マスターを利用。「基本マスターは CSV 形式なので、ダウンロードして FileMaker のレコードにインポートすれば容易に利用できます。(診療行為と医薬品で)約3万項がマスター化されていますが、当院に関係するものは 20 ~ 30項目程度なので、診療報酬改定の際も通常は 1時間もかからずに対応できます」(隆次氏)。とはいえ、診療報酬改定は 2年に 1度、医薬品の薬価は半年に 1回改定される。そのたびに病院勤務の傍ら、28年間にわたりメンテナンスを続けていることは感服せざるを得ない。

ちなみに、同クリニックでは紙カルテも併用して運用している。電子カルテ(診療録の電子保存)における三原則のうちの特に真正性を担保するためだ。「カルテの視認性や作成の容易さは紙カルテが優位に感じますが、カルテ保管スペースや管理はデジタル化に及びません。今後、紙カルテを廃止することも考えています」(隆次氏)と言い、タイムスタンプを付与した PDF によるカルテの電子保存を検討していくとしている。

これまで紙カルテも併用して運用してきたが、今後は PDF による電子保存も検討

4. 院内業務の効率化と患者満足度向上に向けた工夫

同クリニックのシステムはさまざまな場面でスクリプト機能を利用して、患者情報の取り込みや会計処理、処方、レセプト請求書作成など、多くの処理を自動化しており、業務を効率化するとともに入力ミス防止を図る工夫がなされている。

例えば、処方薬に関するマスターは膨大な数の項目があるが、循環器内科・一般内科で使用する薬剤、そして自院で頻用処方するもの、となると数はかなり限定される。そこで、頻用する医薬品をマスター上でチェックすると診療記録画面の処方欄のプルダウンメニューに処方薬が抽出・表示され、素早く処方薬を選択・オーダーできるようにしている。また、処方入力では前回と同じ内容(薬・量・日数)を入力する際のコピー&ペースト機能「Do処方」を使用することが多いが、ほとんど同じ内容でも診察によって処方薬を一部追加するケースもある。「処方歴は通常、診察日ごとの診療記録に付随して過去カルテとして表示されますが、処方歴だけ一画面で参照できるようにしています。それによっていつ・どの薬剤が追加されているか素早く・確実に確認できます。一覧で見えた方が患者さんにも説明しやすいので、そのようにカスタマイズしてもらいました」(家城氏)。

処方歴のみを一覧表示できるようにして利便性を高めている

診察の質・患者満足度の向上という面では、生活習慣病療養計画書の記載内容にも独自性が見られる。同計画書は高血圧・脂質異常症・糖尿病の患者に対し、医師が目標や食事・運動の具体的指導内容を記載して患者に交付(4か月に 1回)するものだが、厚生労働省の様式では食事や運動などの項目のそれぞれの細目にチェックを記入する程度の内容だ。同クリニックの療養計画書ではこれに加え、診察日ごとの血圧測定結果をグラフ化して表示するとともに、その傾向に合わせて数通りの指導内容を別枠で記載している。「その患者さんの症状変化に合わせた適切な療養計画書にできますし、注意点や指導内容も伝わっていると思います」(家城氏)。患者それぞれに合った“優しい医療”の提供を実践している実例といえる

診察日の血圧をグラフ化して表示するとともに、療養計画書にも変化に基づいた指導コメントを付記している

5. AI が個人開発の可能性をさらに広げる

西公園前クリニックの事例で特筆すべきなのは、試行錯誤を重ねながらも Mac と Claris FileMaker が 28年以上にわたり、クリニック運営を安定して支え続けてきたという事実だろう。現在、その基盤は Mac mini 5台体制で Claris FileMaker Server と Claris FileMaker Pro を安定して稼働し、受付、診療、会計、請求、処方というクリニック運営の中枢を支えている。今では生成 AI も活用しているという。「AI を用いることにより、計算式やスクリプトのヒントが得られ、FileMaker がより利用しやすくなったと感じています。」(隆次氏)と開発における AI 活用のメリットを話す。

その過程には、複雑な制度変更への対応や、より使いやすいシステムの実現に向け、システム改修・進化に惜しみなく注力してきた隆次氏の想いがある。今後も院長とともにクリニックでの診療を続けながら、FileMaker による診療業務基盤を一貫して支えていくことになるだろう。

【編集後記】

西公園前クリニックの取材で印象的だったのは、技術そのものの新しさや洗練されたカスタム App ではなく、自院の診療に必要な仕組みを自ら考え、育て続ける姿勢だ。ハードウェアと FileMaker の進化、医療制度変化に対応しながら診療の現場を安定して支えてきた歩みは、同クリニックの掲げる「患者に優しい医療」に大きな説得力を持たせている。変化の激しい時代にあっても、現場の意思を軸にシステムを育て続けることの価値をあらためて実感した。